日比谷線の広尾駅より徒歩5〜6分のところにある『光林寺』に来ました。
本堂を改装中でした。

ハリスの右腕として、現場にかかせない人物だった『ヒュースケン』
アメリカ総領事ハリスの通訳兼書記官として使えたヒュースケンのお墓がここ『光林寺』にあります。

下田の開国の歴史を語るうえでは、ペリー提督やハリス総領事、吉田松陰やお吉さんなどが真っ先にでる名前ですが、その陰に隠れて、ヒュースケン、金子重の輔、お福さんなど魅力的な人物がまだまだいます。
今日は、営業の途中、お墓参りにきました。
『ヒュースケン』さんです。



1860年(12月5日)にヒュースケンさんは、28歳の若さで、浪士たちに襲われ亡くなります。
ヒュースケンの日米修好通商条約が調印に漕ぎ着けるまでに通訳兼秘書として果たした役割は大変大きなものとして知られています。
ハリスの陰に隠れてヒュースケンの活躍はあまり知られていませんが、むなしく佇むお墓を見ても気の毒におもいました。

このお寺には、ヒュースケンが殺害された翌年、やはり暗殺された、イギリス総領事館の通詞の伝吉のお墓もありました。


今日は幕末の事を考え墓参りでした。